県知事「地域に死ねというのと同じ」 ENEOS和歌山製油所閉鎖についてのコメントは”役人的発想”

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ENEOSに「死ね」というのと同じでは?

和歌山県有田市にある『ENEOS和歌山製油所』が2023年10月を目処に停止するとのことで、和歌山県知事の仁坂知事が強く抗議している。それがタイトルの「死ねというのと同じ」という発言だ。
私は知事の意見には賛成できない。製油所は商売として動いており、地域雇用を守るという綺麗事を唱えれば一定の支持はされるのだろうが、そうして維持された雇用は何を生むのだろうか?

製油所は1941年に操業を開始し、県の製造品出荷額の約2割を生み出しているとのことで、その規模から県に納めている税金は多額であろうことが予想される。しかし、ENEOS側が「人口減少や脱炭素化などにより石油製品の国内需要が小さくなる中で生産体制の見直しが急務」と言うように、会社というのは利益を生み出さなければならず、そうでなければ同業他社に潰されてしまう過酷な世界だ。
実際ガソリン関係の企業は吸収合併が盛んに行われており、ENEOS自身の出自も「Esso」・「Mobil」・「ゼネラル」等のブランドの他、様々な会社が合体して設立されたとのことだ。
そんな民間企業に対して「利益が減ってでも商売を続けろ」などと言うのはENEOSに「死ねというのと同じ」ではないだろうか?

資本主義と民主主義との乖離

企業誘致が進み、一度事業所ができてしまえば、何をせずとも固定資産税(県の場合は大規模償却資産になるか)、法人事業税等が入ってくる。特に固定資産税は行政にとってはかなり安定した収入と言われるため、自治体にとっては大きな痛手となる。そのため、県は大事な「収入源」を手放すまいとするのだろう。しかしそれは「お役人的発想」で、いつ潰れるかともわからない、厳しい世界に生きる商売人とはかけ離れた感覚からくるのだろう。
あるいは「地域雇用」や「県民の利益」を大事にしている、と言えなくもない。
しかしだからといって「潰れるまでいつづけろ」と同義の言葉からは民間との距離感を感じてしまう。このような感覚では、次の世代にバトンを繋げることは難しいだろう。

福井県…に限らず地方はどこもヤバイ

この福井県も他人事ではない。
欧州では車のEV化が進み、化石燃料を消費しない移動手段を選ぶようになってきている。つまり石油の需要が減る。そうなると石油産出国は供給を絞り価格の釣り上げ、あるいは価格の暴落を防ぐことを狙う。
そうなると燃料な高騰が起こりガソリン価格が上がる。そうなると買い控えが発生し、ガソリンスタンドは利益が下がり、特に地方の郊外では店を畳むスタンドが出てくるだろう。
さらに、日本は賃金が上がらずに税金、社会保険料が増大しているにも関わらず、(燃料費の高騰も相まって)物価は上がってきている。いわゆるスタグフレーションの状態にあると私は考える。
地方では「車が無いと生きていけない」とはよく聞く話だが、本格的に車を「捨てる」ことを考えなくてはならなくなってきた。

そのような未来までを見据えた上で民間企業は動いていることを考えなくては、有権者の代表者たる政治家は務まらない時代になってきたのだ。日本では元お役人が首長になることが多いが、厳しい世界を生き抜いてきた民間企業経営者が首長になるべき時代なのかもしれない。

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