多くの議会は自分の周り(支持者)の声だけを聞いている

ブログ(活動・思想)

「草の根活動」で陳情が採択されることの危惧

以下の記事を読んだ。

「選択的夫婦別姓」高松市議会が陳情採択 議会動かした草の根活動 | 毎日新聞
 高松市議会が2021年12月、婚姻時に夫婦が同姓か別姓かを選べる「選択的夫婦別姓制度」の実現に向けて議論の活性化を求める市民団体の陳情を採択した。1人の市民の地道な活動が対話を生み、議会を動かした。

高松市議会が2021年12月、婚姻時に夫婦が同姓か別姓かを選べる「選択的夫婦別姓制度」の実現に向けて議論の活性化を求める市民団体の陳情を採択した。1人の市民の地道な活動が対話を生み、議会を動かした。

この記事は一見すると「市民の草の根活動が実を結び議会を動かした」という美談と感じるかもしれない。しかし私は地方議会の残念な現状を端的に表している記事と見てしまう。

この陳情は選択的夫婦別姓についてのものだが、そもそも改姓するのは96%が女性である。それに対して議員(政治家)の多くは男性であり、当事者意識が薄い。また、「夫婦別姓が認められず困っている人に初めて会った」とのコメントがあるが、そもそも結婚の経験があるなら夫婦のどちらかが改姓しているハズなので、改姓する側の苦労は知っているだろうし、一定の想像力があれば理解できるものだと思うのだが、それが欠如しているから反対できてしまうのだろう。

そして陳情の内容も途中から「導入を求める」ではなく「議論の活性化を求める」ものに変更されている。反対議員がいるための変更だとのことだが、これは一種の妥協であり、本当に求めたいのは「導入を求める」ことのハズだ。(ちなみに私もこれと近い手法を行ったが、叶うことはなかった)

議論をすることは重要なのはその通りなのだが、実際のところは「議論をする」だけで終わることが多いであろう。私も初めて陳情した時に「これは大切。時代の流れでそうなるだろうし、必要だと思う」との趣旨の回答があったが、1年経っても変わることはなかった。「進めている」「話し合っている」というポーズは、何かを「やりたくない」政治家にとっては非常に有効な手段なのだ。

私はこの記事を見て「草の根運動が議会を動かした!すごい!」という感想で終わってしまう読者が出てしまう可能性があることに危惧をしているのだ。

民意・世論と政治家の感覚のズレ

選択的夫婦別姓は多くの有権者が導入に前向きなのだが、所謂「保守系」とも呼ばれる「自民党系議員」が議席の多数を占めるところが殆どの地方議会においては、反対する議員が多数派である場合が多い。その場合、民意・世論と議会にズレが生じてしまう。この時、合理的なモノの考え方ができるならちょっと話を聞けば理解できるものだと思うのだが、この方は1年かけて議員を一人一人「説得」している。大変な苦労だ。

記事を見ていると、議員の中には「無理解から来る非合理的な反対意見」も出している。今の地方議会はレベルが低いとはよく聞く話だが、このような反対意見には頭を抱える。また、「私の周りにはいない」といった、自分を支持する者としか話をしていないことが予想される意見もあり、広い世論との隔たりも感じさせられる。もっと広い見識を持ってほしいものである。

かつて目安箱があった坂井市

ここからは私の話に映る。二年前、初めて議会に陳情した時のことである。
議長から「以前目安箱を設置したが、個人的な相談ばかりでやってられなかった」との趣旨の話を聞いた。

議会は隣人の揉め事などの個人間の事象は取り扱わない。あくまで公共に関することのみを取り扱う。
目安箱には個人間の話があまりに多く、取りやめてしまったとのことだが、それは利用者が知らない、気づかない、勘違いしているからであり、それを教えるのが政治家・議会の役割だと思うのだが、それをしていない。要するに職務放棄である。

また、個人の思いの中に公共性が埋まっていることも考慮せねばならない。例え個人間の諍いが主題だったとしても、多くの人が同様のトラブルを抱えていたとするなら、それは公共性があると言って差し支えないだろう。それを確認せずに切って捨てるのは職務放棄と言わざるを得ない。

今の地方議会に関心を持つ人は少なく、坂井市議会のように傍聴人がほぼいない議会が多くあることだろう。必要なことをせず、仕事をほっぽり出している議会は誰かがメスを入れない限り、変わることはない。

メスを入れるのは世襲や地盤を引き継いだ後継者ではなく、一般の有権者だと私は考える。

草の根や陳情が議会を根本的に変えることは起こり得ない。本当に変えられるのは選挙であり、政治家を変えることである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました