辻元清美氏 「涙の参院選出馬表明」から見えてくる政治家と有権者の『温度差』

辻元清美氏、参院選比例代表出馬表明

立憲民主党の前副代表:元衆議院議員の辻元清美氏が次の夏の参議院選挙に立憲民主党の比例代表として出馬することを表明した。大阪を中心とし、日本中で声を聞き、「黙ってられへん」という気持ちが高まったことがキッカケのようだ。

この一連のニュースについて、私の思ったことを述べたいと思う。

過去の自分と今の私で意見は変わる

2019年の埼玉参議院補欠選挙がキッカケで政治について考えることが増えたことは様々な媒体で発信させていただいているが、その前後で考え方が大きく変わったことをお伝えする必要がある。

つまり、「民主政治」「選挙制度」という観点が根付くか否かでこのような事案に対して意見が変わる、という点は抑えておきたい。

過去の自分ならこう思った

これでも私は「大多数の人」よりかは政治に興味があったほうだったとは思う。毎朝新聞を読み、ニュースを聞き、父の政治に対する愚痴を聞き、それらを咀嚼し、あるいは高校生以後、PCが我が家に来た後は「まとめサイト」でネット民の偏った意見やフィルターの無い言葉を見て情報を得ていた。

そんな当時のワタシならこう思っただろう。

「何故」「また出てくるのか」「せっかく落とせたのに」

感情で言うと、おそらくとてもウンザリしたと思う。

選挙区で落ち、比例代表でも落ち、「辻元清美はNO」「立憲民主党(辻元清美)はNO」という「民意」はなんだったんだ、と思ったのだと思う。

今の自分なら…

昔の自分は「民生政治とは」みたいな”意識高い系”な考えは持っていなかっただろう(あるいは潜在的に持ち得たのかもしれないが)。

しかし今は考えてしまう。市議選の準備をし、県議選も視野に入れ、市長選も考えなくてはならない現状に思うことはある。私は日々民主政治を知ることで、立候補という大切な権利を行使できることの重要性を実感できるようになってきた。

私も多くの人から立候補に対して疑問を持たれることだろう。「地域の奉仕活動をもっとやってから」などと思われることもあるだろう。しかし、その状態で出馬することもその人の意志なのだ。

辻元清美氏は、次の参院選で当選するかもしれない。それも一つの民意なのだ。私も何度落選しても選挙に出ることは可能で、その時々の民意で当落は変わる。辻元清美氏は落選した要因を分析し、民意に応えるために必要なことをすれば、民意はソレに応えることもあるだろう。

個人的には関西生コンの話がスッキリしない限りは応援は憚られる人物ではあるが、立候補の自由を強く尊重したい。しかし、これはあくまで立憲民主党の公認があったからこそだ。

私としては、辻元清美氏よりももっと良い候補が沢山いると思うし、そのような人にこそ政治家になってもらいたい。立憲民主党次第ではあったが、どうもそれは叶わない願いのようだ。

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